オーディオブック 名作を高音質で 【江川蘭子 – 江戸川乱歩 1930年】



赤き泉

 ビヘヴィアリズムの新心理学によれば、人間生涯の運命というものは、遺伝よりも教育よりも、生後数ヶ月の環境によって殆ど左右されるものだそうである。

で、女妖江川蘭子の悪魔の生涯も、恐らくは彼女の赤ちゃんであった時代の世にも奇異なる環境のせいであったに違いない。

往年の文豪、有名な作家たちが残した短編及び長編小説、手記や学説などの日本文学の名作を、高性能な音声合成での読み上げによる朗読で、オーディオブックを画像や動画を交えて作成し配信しています。気に入って頂けましたら、是非ともチャンネルの登録を宜しくお願い致します。

■一部抜粋
 ワットサン氏曰く、赤ちゃんに対しては「一見明白に唯だ二つの刺戟が、吾々が恐怖反応と呼ぶ行動の型を呼び起す。

その一つは高い音であり、他の一は支持の滅失である」
 赤ちゃんが鋭い物音におびえ、寝ている敷蒲団を急激に引かれたり、お湯に入れた刹那などに泣き出すのがそれだ。

むつかしい言葉で言うと、その時容易に観察される反作用は、呼吸の急激なる停止、動悸及び呼吸の調子の著しい変化、号泣及び両手を上方に投げることである。

 世の親達は(少くとも母親達は)育児の本能によって、彼等の赤ちゃんに、この二種の恐怖を出来る丈け与えまいと骨折るものだ。

スヤスヤと寝入っている赤ちゃんの側を歩く時は足音を盗み、お湯に入れる時は、赤ちゃんの身体をタオルで巻いて、ギュッと抱きしめてやるという工合に。

 ところが赤ちゃん江川蘭子の場合は正反対であった。

と云っても、必ずしも彼女の若い母親ばかりの罪ではなかったのだが、先ず第一の不幸は、彼女一家の住宅が、余りに高過ぎた事だ。

つまり蘭子は有名な大アパートの七階の一室で生れたのである。

「音の恐怖」の代表的なものでは、日に三度、アパートの隣の製菓会社のサイレンが鳴り響いた。

蘭子はその怪音から二間とは隔たぬ窓際に寝かされていたのである。

「支持の滅失」の代表的なものは、母親が日に幾度の外出に、彼女を抱いて乗り込む、アパートの高速度リフトであった。

その都度蘭子の心臓は、リフトの床と共に、一刹那に百尺の奈落へと落ち込んで行った。

 第二の不幸は、彼女の両親が非常に若くて(父は二十三歳母は十八歳であった)はつらつとしていて、感情をおし殺す術に不慣れな為に、絶え間なく無邪気な争闘が行われていたことだ。

父と母とはいつもガンガンと怒鳴り合っているか、そうでなければ、歌を唄っていた。

歌丈ならいいのだが、若き母のヴァイオリンの伴奏が伴った。

それが赤ちゃん蘭子にとって、如何に恐怖すべき音響であったことか。

 それでも、合唱はまだ我慢が出来た。

悲惨なる赤ちゃんにとっては、それが(如何に狂暴であろうとも)この世での一番なごやかな子守歌に相違なかったのだから。

と云う意味は、父母の闘争時に於けるはつらつさは、どうして、ヴァイオリンの奏で出だす恐怖音の如きなまやさしいものではなかったからである。

 その闘争が激しくなった時には、赤ちゃんは最早や一個の物体に過ぎなかった。

西洋流に云うと一本のパンのし棒に過ぎなかった。

つまり生物としての存在を失ってしまうのである。

具体的に云うと、甚だしい場合には、彼女の父母は、半間乃至一間の距離で蘭子の柔い肉塊を、ゴムまりみたいに抛りっこするのである。

その時こそ我が江川蘭子は、「支持の滅失」を心行くばかり味うことが出来たのである。

 ところで、右の如き事情のみであったなら、江川蘭子は、生長の後、恐らくはダイヴィングの大選手になったことであろうが、彼女の幼時の印象群の内には、この物語を成功小説に終らしめぬ所の、少々毒々しいものがあった。

 と云うのは、第一に(この作者は指折り数えることが好きである)彼女の二十三歳の父はアメリカ風の瀟洒たる悪漢であり、彼女の母は飛び切り美しいけれど、近代風の貞操盲目者であったからである。

 彼女の父は、日頃口癖の様に「ダグラス・フェアバンクスとなって、王侯貴族の生活をするか、でなければ、第二世仕立屋銀次になり度い」と云っていた。

つまり彼はスリ、かっぱらい、其他類似の小悪事によって暮しを立てていたのである。

 若き母は、無論、夫であるこの青年の、はつらつたる主義思想を讃美渇仰していた。

彼女は悪事の助手を勤めることは勿論、夫の命令とあらば、貞操でも売る美しい犠牲的精神を持っていた。

では、どうして闘争が起るのかと云うに、若き妻は夫の不身持を微塵も仮藉しなかった。

つまり彼女の方が幾倍も夫に惚れ込んでいたからである。

 その母の子である蘭子は、勢い父悪漢の主義思想を渇仰しないではいられなかった。

彼女の場合は精神分析家の所謂ファザア・コンプレックスである。

幼きものは、母を競争者として、父の寵を争った。

そして、蘭子は赤ちゃんの時代已に「ダグラスか然らざれば仕立屋銀次」の思想を植えつけられていた。

 第二は(毒々しき印象の第二である)二歳の時、ほんの少年少女に過ぎなかった彼女の両親が、果敢なくも変死をとげてしまったことだ。

 ある夜一人のおじさんが(と云っても二十何歳の青年なのだが)蘭子達の寝室へ這入って来た。

蘭子はそのおじさんを二三度見たことを覚えていたけれど、誕生がすんだばかりの赤ちゃんには、これがどうした青年で、何という名前だか分り様筈がない。

随ってその夜突然の兇行の動機も、兇行そのことさえも、彼女には全く無意味でしかなかった。

 兎も角、彼女は寝台の上を稲妻の様にピカピカと光るものを見た。

次に変な唸声を聞いた。

二歳の彼女ではあったが、又日頃罵声やヴァイオリンの恐怖音に慣れた彼女ではあったが、その時父母の身体から発した、断末魔の唸り声丈けは、一生涯忘れることが出来ぬ程、深い印象となって残った。

 その次の瞬間には、彼女は父母の大きな身体と一緒に、ベッドから床の上に転がり落ちた。

だが、転落そのものは、彼女にとってこよなき快感であった。

彼女は母親の死体におしつぶされてもがきながらも、転落の快感で、キャッキャッと笑っていた。

 という訳は、彼女は前述の環境のお蔭で、その頃は已に、かの「支持の滅失」を日常茶飯事と心得、寧ろそれを無上の快楽として喜ぶ様な、変態児になり終っていたからだ。

だが、それについては、もっとあとで述べる機会があろう。

 ベッドを転がり落ちると、直ちに花の様な真赤な色が彼女の目を刺戟し、ヌルヌルした液体が彼女の触覚をくすぐった。

母親の白い肉体から、乳とは違った、真赤な見事な泉が滾々として湧き出していたのだ。

彼女は心酔せる父親の狐色の肉体を眺めた。

すると、そこからも同じ紅の泉だ。

それが何を意味するか、無論彼女には分らなかったけれど。

 またたく間に、絨毯もなにもない、コンクリートそのままの床の上に、真赤なドロドロした水溜りが出来上った。

蘭子は訳の分らぬ奇声を発しながら、その血の池を、もみじの様な両手で、丁度水いたずらをする時と同じに、ピシャンピシャン叩いていた。

 それから、若い母親の死骸の胸に、ベタベタと血の手型を捺しながら、出ぬ乳房をチュウチュウ吸った。

だが、吸っても吸っても、乳が出ぬものだから、傷口に口をつけて、乳の代りに、赤い液体を五勺程も飲んでしまった。

 余りおいしくもなかったし、いくらかお腹もくちくなったので、彼女は間もなく傷口を離れて、今度は室内運動にとりかかった。

 彼女は血の池を転がり、父母の死体を這い越え、パックリ口を開いた傷口を蹴飛ばして、部屋中を這い廻り、白亜の壁を力に立上ろうとしては、幾度も幾度も失敗した。

 翌朝、アパートの一階下の住人が、火のつく様に泣き叫ぶ蘭子の声に不審を抱いて、その部屋へ上って来たので、初めてこの殺人事件が発見された。

蘭子の父は、後暗い商売柄、借手のない七階を選んで住んでいたので、その七階は彼等一家丈けで、あとは皆空部屋になっていたのだ。

それが、犯人を安心させ、又犯罪の発見をおくらせた訳でもある。

 人々は若い美しい男女の死体と、血まみれになって、殊に口のまわりは、まるで化け猫みたいな物凄さで、じだんだ踏んで泣き叫んでいる小怪物と、部屋中に、壁と云わず床と云わず、点々として印された、可愛らしい血の手型を見た。

 みなし児は、丁度子供を欲しがっていたそのアパートの支配人老夫婦が、引取って養女とした。

 犯人は遂に発見されずに終った。

故人の友達などの言葉から、人々の想像した所によると、蘭子の父はその美しい妻を囮にして、ちょくちょく美人局を働いていたというから、今度の犯人も恐らく蘭子の母親の甘い空言に酔わされた一人であろう。

それが余り真剣に恋をしたものだから、美人局と分ってもあきらめられず、遂に恋人と、恋人の夫とを殺す気になったのかも知れないと云うことであった。

 この殺人事件では、被害者に同情がなかったので、世間の騒ぎもさして大きくならず、いつまでも犯人が発見されずとも誰も警察の無能を罵るものはなかった。

従ってこの事件は、警察当局者からさえも、やや黙殺された形であった。

 後年、江川蘭子が、世間の冷淡を憤り、自から当時の状況を調査して、父母の敵討ちをでも目論まぬ限り、犯人は永久にその処刑を免れたかに見えたのである。

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